メンターという言葉をご存知でしょうか。

メンターとは、自分が生きる上で、もしくは何事かを考えたり判断したりする時の「道標」となり得るような人物のことを指します。膨大な情報が垂れ流され続けている現代においては、こういったメンターの存在が、様々な物事を判断する上で非常に重要な役割を果たしてくれると言えるでしょう。

私の場合は津田大介さんや荻上チキさん、宇野常寛さんなどといった、若手評論家の部類に入る方々の本を読み、多くのヒントをもらっています。今更ですが、メンターというのは何も1人に限る必要はありません。1人に限定してしまうと、その人の考え方だけが正しいのだと思い込みかねず、逆に視野が狭くなってしまいかねないので、むしろ複数人のメンターを持ったほうが、より複数のジャンルに渡って多角的な視点を持ちやすくなるでしょう。

こういったメンターの存在は、情報を捌く上でも非常に役に立ちます。先に書いたように、現代はネットの登場以前とは比較にならないほどの情報が生活者の目や耳に届いてきます。メンターの方が取り上げているニュースや問題などは、自然と自分の中で優先順位が上がるので、情報をインプットする際の「フィルター」としての役割も果たしてくれます。

メンターとは、単に全幅の信頼を置き、崇拝するだけの存在ではありません。メンターとしてその情報発信を追っていると、どこかのタイミングで疑問を抱く瞬間が訪れます。そして私たちは、その疑問を大切にしなくてはいけません。流れてきた情報とそれに対する見解をぜんぶ鵜呑みにしていては、かつてのマスコミの存在と変わらなくなってしまうからです。「彼らから流れてくる情報なら正しいのだろう」という判断は、自分にとっては非常に楽でこそありますが、それは同時に「思考停止」の状況に陥ってしまっていることに気付かなくてはなりません。だからこそ、どんな些細なことであれ、「疑問を抱く」ことを恐れず、そこで立ち止まって考える勇気を持つ必要があります。

メンターが複数いると、必然的に触れる情報量は増えていきますが、慣れてくると、自然とメンターが流した情報の中で更に優先順位を自分で付けられるようになってきます。正しいと受け取るか疑問を抱くか。どれが自分にとって重要で、どれが別に流しても問題無いか。情報を捉え、判断し、捌く能力というのは、これからの社会、いや、既に現代において非常に大切な能力だと言えます。私自身はソーシャルメディアで自らもニュースをザッピングして気になったものにコメントを付けてフォロワーに流すということをしています。Facebookでいいね!を押されたり、Twitterでリツイートされたりしたものがあると、あぁ、これは自分以外の人も気になってた事だったんだと気付かされ、非常に勉強にもなります。

最近は、情報とそれに対する見解を示し、流してくれるメンターとは別に、大雑把に言って「尊敬する人物」みたいなものについて改めて考えさせられています。例えばスタジオジブリの鈴木敏夫さん。鈴木さん自身はあまり自ら情報を発することこそないのですが、彼の本を読んでいると、アニメや映画の業界の話をしていながら、そこだけに留まらない言葉が出てきます。おそらく、こういうものを「哲学」と呼ぶのかもしれませんが、同じ道を歩む事は絶対にないだろうけど、非常に勉強になるんですね。「尊敬する人物は?」という質問に「坂本龍馬」と答える感覚に近いのかもしれません。

メンターと尊敬する人物。自身の成長のためにも、ぜひとも勝手に師事する人を見つけてみては如何ですか。